02話 – 嵐の前(1)
「早くしろ、砦の中で自由にしてやる」
私は帝国軍のハドバルについていくことにした。
砦の中に入ると、ハドバルは周囲を見回して安全を確認した後、私の拘束を解いてくれた。
「生き残ったのはどうやら俺達だけのようだな。あれは本当にドラゴンか? 終末をもたらす者なのか?」
「わかりませんが…少なくとも私はあのドラゴンのおかげで命拾いしました。あの…どうして助けてくださったのですか? 私は囚人なのに…」
「そうだな。…リストに載ってなかったから。もしかしたら捕まえる必要のない人間だったのでは、と思ったんだ。見たところ、お前は悪事を働きそうな顔に見えなかったしな…。それとも、どうして捕まったのか身に覚えがあるか?」
「分かりません。記憶喪失でして…」
「記憶喪失? 罪を犯して捕まったのかどうかすら憶えていないというわけか?」
「はい…」
「それは…難儀な。俺の行動は間違っていなかった…と思いたいもんだな。申し遅れたが俺はハドバル。お前は確か…」
「メルヴィナです」
「そうだったな。メルヴィナ、ここを無事に脱出するまで協力しよう。行くぞ」
少し進むと、ストームクロークの生存者が傷を負って休んでいた。
「生き残りか。話せば分かり合えるかもしれない」
ハドバルが近づくと、彼らは立ち上がり武器を構えた。
「待て! 俺達は…」
「帝国の犬め! 死ねぇっ」
「クソッ! 聞く耳持たぬか」
ハドバルは剣を抜き応戦する。しかし、手負いとはいえ二人が相手では分が悪そうだ。
「おい、お前もボサッとしてないで加勢しろ!」
加勢といっても武器の一つも持っていない。おろおろしていると敵の一人がこちらに目をつけた。斧を振りかざし迫ってくる。
殺される。そう確信し、右手を敵に向けた。
「う、うわあああ!!」
敵の絶叫。
私の右手から出された魔法によって、相手は炎に包まれて絶命した。
ハドバルも同じ頃もう一人を片付けてこちらを見た。
「ストームクロークを説得しようとすればどうなるかよく分かったよ、まったく…。それにしても、お前は魔法が使えるのか。やるじゃないか」
「私…自分が魔法を使えることを今知りました…」
「おいおい、本格的に記憶喪失なんだな」
「はい…。ですが、いくつか思い出せました。今使った炎の魔法と、簡単な治癒の魔法だけですけど…」
「回復魔法か、そりゃあいい! 何かあったら頼むぞ。ヒーラーがいれば心強い」
ハドバルは初めて笑顔を見せた。
砦の奥へと進む。
拷問部屋では、混乱に乗じて脱出を試みた捕虜のストームクローク兵を帝国兵が返り討ちにしていた。
「あんた達も一緒に来るんだ。ここから逃げなきゃならん」
ハドバルがその場にいた帝国兵に声を掛けると、老人は慌てる様子も無く淡々と答えた。
「逃げる? 藪から棒に何だ」
老人の態度にハドバルは苛立ったのか、語気が強くなる。
何が起きてるのか分からないのか? ドラゴンがヘルゲンを襲ってるんだよ!」
「ドラゴン? やれやれ、馬鹿を言ってるんじゃない。…とはいえ心当たりがある。確かに、向こうで変な音がしていたんだ」
「それならここも危険だと分かるだろう? だから一緒に…」
「坊やに何の権限があるって言うんだ。わしはここを動かないぞ」
砦からの脱出を促すハドバルに、老人は背中を向け持ち場に戻っていった。
「聞いてなかったのか? 砦が襲われてると言ったんだ!」
怒鳴るハドバルをなだめる様に、もう一人の帝国兵が肩を叩いた。
「あの年寄りのことは忘れろ。俺はあんたと一緒に行く」
拷問部屋からさらに奥へ。この砦は地下が洞窟と繋がっているようだ。
流れる川沿いを進んでいくと、ストームクローク兵の集団と出くわした。
向かってくる三人。遠くで弓を構える敵も見えた。
ハドバルと、同行の帝国兵が迎え撃つ。私は後方で回復魔法を唱えながら、片方の手で炎の魔法を敵に放つ。
「…やったか! 次は向こうだ!」
ハドバルは三人目を切り伏せたあと、弓を素早く構える。
彼は剣だけではなく弓の腕も確かだった。
正確に敵の急所を射ると、相手はその場に崩れ落ちた。
「たいしたもんだ。さて…これでは足手まといになってしまうな」
腕に傷を負った帝国兵が言う。
「大丈夫ですか? 今治療を…」
回復魔法をかけようとする私の手を止めた。
「問題ない、痛みは引いている。さっきまであんたが唱えていた魔法でな。だが、邪魔をせずに、あの老人の世話をしていたほうが良さそうだ。俺は戻るよ」
「おい、待てよ。あともう少しだぞ」
引き止めるハドバルに帝国兵は笑って見せた。
「この先が安全とは限らん。拷問部屋で老人と騒ぎが収まるのを待つことにするよ。幸運を祈る」
「……そうか」
ハドバルは諦めたような表情で、戻る帝国兵を見送った。
途中、蜘蛛の集団を倒し、寝ている熊のそばをすり抜け、ようやく洞窟から外へ出られた。
「なんとか外に出られたな。……待て!」
ハドバルは突然岩陰に隠れると私に手招きをした。彼の後ろに身を屈める。
「見ろ。あいつだ」
頭を上げると、彼方へ飛んでいく黒いドラゴンが見えた。
岩陰に身を潜め、ドラゴンの姿が見えなくなるまで目で追った。
「もういなくなったみたいだな。だが戻ってくるかもしれない。ぐずぐずしてる場合じゃないぞ」
ハドバルは振り向く。
「これからどうする? 行くあてはあるのか?」
「いえ…全く」
「だろうな。…よし、こうしよう。ここから一番近い町はリバーウッドだ。俺のおじさんが鍛冶屋をやってる。お前に手を貸してくれるはずだ。そこまで一緒に行こう」
「ありがとうございます、ハドバル。素性の分からない私を助けた上に、面倒まで見てくださるなんて…」
頭を下げて礼を言うと、ハドバルはじっと私を見た。
「いや。…不思議なんだが、お前が記憶を失っていると聞いたときに思ったんだ。このまま放っておくのは忍びない、せめて安全な所へ連れて行ってやらないと…ってな。それに、ヒーラーのお前がいなければここまで来られなかったかもしれない。感謝している」
「そんな…感謝するのは私のほうです」
首を振ると、ハドバルは軽く笑った。
「俺が思うに、お前は何かの手違いで捕まったんじゃないか? 帝国軍のリストにもお前の名前は無かったからな。だが、念のため他の帝国軍の兵士達には近づかず、面倒事は避けるんだ。いいな?」
「わかりました」
「先を急ごう。あのドラゴンは今も上から俺達を見ているような気がするんだ」
ハドバルと私は早足でリバーウッドへ急いだ。
道中、彼は私がまた捕まることがないようにと、帝国軍やストームクロークのこと、このスカイリムの情勢を簡単に説明してくれた。
太陽も傾き、徐々に道が見えにくくなってきた。早足でハドバルに付いて進む。
遠くの山に遺跡のようなものが見えた。
「ハドバル。あれがリバーウッドですか?」
「まさか。あの廃墟はブリーク・フォール墓地だよ。子供の頃、あれのせいでよく悪夢を見たんだ」
「悪夢?」
「ドラウグルさ。いたずらで墓地に忍び込んでドラウグルに襲われそうになって以来、あれに追いかけられて捕まる悪夢を何度も見た」
「ドラウグル…?」
「ドラウグルってのはミイラ化した古代ノルドの化け物さ。正直言って俺は、あの見た目があまり好きじゃなくてな。あそこには近付かないようにしているんだ。お前も迂闊に近付くなよ」
冗談交じりにそう言った後、ハドバルは真剣な顔になった。
「それと、スカイリムには点々と山賊が棲家を作っている。お前のような若い女は特に気をつけろよ。ドラウグルより怖い輩もたくさんいる」
「わかりました」
どのくらい走っただろう。
暗闇の中、暖かい光が出迎える。ようやくリバーウッドに到着した。
ハドバルと共に彼のおじであるアルヴォアを訪ねた。
「アルヴォアおじさん! どうも!」
「ハドバル? こんな時間にここで何をしているんだ? 今は休暇中じゃ…何かあったのか?」
「シー…頼むよおじさん、静かにしてくれ。俺は大丈夫だから。とにかく、話は中でしよう」
アルヴォアは頷いた後、私をちらりと見た。
「ところで、そっちは誰なんだ。お前の知り合いか?」
「俺の命の恩人だ。詳しい話は中でする」
「わかったわかった。二人とも入ってくれ」
ハドバルはアルヴォアにヘルゲンで起きたことの一部始終を話した。
アルヴォアはドラゴンの襲撃になかば信じられないという様子だったが、ハドバルの話を聞くうちに真剣な表情に変わっていった。
「ドラゴンが野放しなら首長に知らせなくては。リバーウッドは手も足も出ない。あんた、ホワイトランのバルグルーフ首長に、出来るだけ多くの兵士を派遣してもらうよう伝言を頼みたいんだが…もしやってくれるなら恩に着るよ。ハドバルに頼んでもいいんだが、彼にはリバーウッドの警備をしてもらいたいのでな」
断る理由もない。二つ返事で引き受けた。
「ありがたい。資材や食料は必要なだけ持っていってくれていい」
「ありがとうございます」
食料を受け取り早速ホワイトランへ出発しようと席を立つとハドバルが呼び止める。
「おい、ちょっと待て。まさか、今からホワイトランへ行くのか?」
「え、はい。そのつもりですが…」
「いや、急ぎとは言ったがもう外も暗い。今日は宿で休んで出発は明日にしたほうがいい」
「そうですね。確かに…ヘルゲンから休みなくここへ来たのでクタクタです…」
ハドバルは少し笑みを浮かべた。
「ハハ、だろうな。俺でも少しきつかったからな。宿屋へ案内するよ」
宿に入るとハドバルは久しぶりに出会う人達と挨拶を交わして回っていた。
「久しぶりに少し飲むか。お前も今晩は飲めばいいんだぞ。折角助かった命だ、祝おうじゃないか」
「いえ、まだそんな気分には…。今日一日で環境が目まぐるしく変わりましたから」
「そうだな。心身ともに疲れただろう。そういえば、お前は見た目に反して体力はあるんだな。ヘルゲンからここまで走って俺に付いてこられたんだ。大したもんだよ」
「そう言われてみると、確かにそうですね。楽ではありませんでしたが、無理というほどでもなかったので」
「その持久力と魔法があればここからホワイトランもなんとかなりそうだが…少々危なっかしいか」
「腕力がなくて武器が扱えないことですか?」
そう聞き返すとハドバルは笑った。
「いや、俺が心配してるのはそっちじゃなくてな…まあいいか。俺もいずれはソリチュードに戻らねばならん、ホワイトランまで同行できればいいんだが」
「お気遣いありがとうございます。でも、ハドバルはここで村を守る役目があります。ホワイトランへの報告は私が果たしますのでご安心を。命を助けて貰ったせめてもの恩返しですから」
「言うじゃないか! それじゃあ、明日のために体力つけないとな。オーグナー! 料理を頼む」
そう言って椅子に座ると、テーブルのパンを取って食べはじめた。
温かいミルクにパンとポテト、鶏のソテーやスープ。
テーブルに並べられた料理を見て驚いた。
「こんなに沢山頂いてもいいのでしょうか。あの、持ち合わせが…」
懐にどこか金貨がないかと探しはじめる私を見てハドバルが笑った。
「ハハハ! 気にするな。食事代はいらないとさ」
ハドバルはそう言って隣に立つオーグナーを見る。
「代金は要らない。ハドバルの命の恩人と聞いた」
どうやら一杯やりに来たアルヴォアから事情を聞いたようだ。
ほとんどハドバルに付いて来ただけの私に命の恩人とは言いすぎだが、その気遣いに感謝をして食事を頂くことにした。
「ありがとうございます。ありがたくいただきます」
丸一日ぶりくらいに食べる料理はとても美味しく、心と身体を温めてくれた。