01話 – 解放
一際大きな振動で目を覚ました。うっすらとまぶたを開く。
どうやら私は馬車に乗せられているようだ。
ぼんやりした頭でこの状況を把握しようとする。
記憶がない。
私が何者で、どんな経緯で今こうして馬車に揺られているのかまったく思い出せない。
その記憶喪失も自分の事柄に関してだけ…。
メルヴィナというおそらく自分の名前だけを残してすっぽりと、まるで意図的に消し去られたかのようだ。
「おい、そこのあんた。やっと目が覚めたか。国境を越えようとしていたんだろう、違うか? 俺達やそこのコソ泥と同じで、帝国の罠に飛び込んだってわけだ」
向かいに座るレイロフと名乗る男性が話しかけてきた。
私はどうやら国境を越えてどこかへ行く途中に捕まってしまったようだ。
「あんたは何をやらかしたんだい? 虫も殺さないような顔をしてるが」
「わかりません…」
「分かりません、で捕まるなんてどうかしてるぜ。自分のしたことを覚えてないのか?」
「ええ、全く。自分自身の記憶がないのです」
「ふぅん、記憶喪失ねえ」
「あんたもこんなところに来たのが間違いだったな。帝国が狙っているのはこいつらストームクロークだ」
レイロフの隣に座るロキールという男が口を挟む。
「もう少しであの馬を掻っ攫って、今頃はハンマーフェルへとおさらばしてたってのに…」
「残念だったな。これで固く結ばれた兄弟姉妹ってわけだ」
レイロフはそう言って軽く鼻で笑った。
「ところでこいつはなんだ? 喋れない様にされてんのか?」
ロキールは向かいに座る猿轡をされた男性を見た。
「言葉に気をつけろ。お前は上級王ウルフリック・ストームクロークの前にいるのだ」
「ウルフリック? ウィンドヘルムの首長の? あんたは反乱軍の指導者なのか。あんたが捕まったってことは…。なんてこった、俺達はどこへ連れて行かれるんだ?」
「どこに行くつもりなのかは知らんが、ソブンガルデが待っているんだ」
「嘘だろ…こんな事あるわけない」
ロキールは何かを予期して体を震わせた。
「お前はどこの村の出だ?馬泥棒」
「どうしてそんな事を?」
「ノルドは死に際に故郷を想うものだ」
「ロリクステッドだ…。故郷はロリクステッドなんだ」
ロキールが答えるとレイロフは頷き、次に私を見た。
「で、あんたは…記憶喪失だったな。自分を取り戻せないまま死ぬってのは悔やまれるだろうな」
そう言われてようやく自分の置かれている状況が理解できた。
彼らと同じく、自分も処刑されるのだと…。
「へっ、幼い頃は帝国軍の防壁や塔がこのうえなく頼もしく思えたもんだがな…」
馬車は広場へ到着するとゆっくりと止まった。
「なんだよ、何で止まるんだよ?」
ロキールが不安そうにあたりを見回す。
「一巻の終わりだ。行くぞ、神様を待たせちゃ悪いからな」
「違う、待ってくれ! 俺達は反乱軍じゃない!」
「往生際が悪いぞ。死ぬ前に少しは気骨を見せてみろよ、コソ泥め」
「名前を呼ばれたら処刑台に進むのよ。一人ずつね」
帝国軍の隊長が声を上げる。
反乱軍の兵士達は観念しているのか誰一人として逃げ出そうとする者はおらず、自分の名前を呼ばれるとおとなしく処刑台に向かっていく。
ウルフリックやレイロフが呼ばれ、ロキールが呼ばれた。
「ロリクステッドのロキール!」
「お、俺は反乱軍じゃない。やめてくれ!」
ロキールはそう言って一目散に逃げ出したが…。
「射手!」
隊長の一声で矢を射られるとその場に倒れこんだ。即死だったようだ。
「他に逃げたい者は?」
逃げたところでロキールと同じ末路だろう。
「そこのお前、前に出ろ」
隊長の隣に立つ兵士が私を呼んだ。
「お前、名前は?」
「…メルヴィナです」
「うん? …リストにはないな。隊長、どうします? ストームクロークに紛れて捕らえられてしまった旅の者かもしれません」
「リストはもういいわ。彼女を処刑台へ」
「仰せのままに。…悪く思うなよ」
一人目の囚人が処刑される光景を呆然と見つめた。
どうやらこれまでのようだ。
これが運命か…。
記憶がないのならいっそ未練もなく死ねるではないか。
そう割り切ろうとしても、当然だが心の奥では死にたくないという思いのほうが強い。
誰か……。
返事をするように遠くから何かのうなり声のような音が聞こえた。
「今のは何だ?」
兵士が空を見上げる。
「問題ないわ。次の囚人を」
隊長の鋭い視線が私を捉えた。心臓が跳ねる。
斬首台に首を押し付けられ、処刑人が斧を振り上げようとしたときだった。
「いったいあれは何だ?」
誰かが叫ぶ。
上空から飛来するそれは…。
「ドラゴンよ!」
黒いドラゴンが音を立てて塔に降り立つと、大きな声で何かを叫んだ。
次の瞬間、空から無数の燃える岩石が降り注ぐ。
処刑人は岩石が直撃し倒れた。
先ほどの帝国兵が私を見た。
「お前、命拾いしたな。処刑は後回しだ、生き延びたかったら起きろ!」
身体を起こされ、建物の陰に逃げ込んだ。
彼はヘルゲンの住民を安全なところへ避難させると、私に声を掛けた。
「ここから逃げるぞ。囚人、俺の気が変わらない内について来い」
どうやら助けてくれるようだ。
彼の後をついて、ドラゴンと兵士が戦う横を通り抜けた。
帝国兵はドラゴンに反撃をしているが、ドラゴンの力は強大で兵士や村人を含め何人もの死体が横たわっていた。
凄惨な光景だった。
「あの砦に入り、地下を通って脱出できる」
言われるがまま彼の後をついていくと目の前にレイロフが現れた。
「レイロフ! この裏切り者め。どけ!」
「俺達は脱出するぞ、ハドバル。今度は止めないだろうな」
「いいだろう。お前達全員、あのドラゴンにソブンガルデへ連れて行かれちまえ」
「なんだ、お前…そいつに付いて行くつもりか!? 後悔しても知らないぞ!」
「ついて来い、囚人。行くぞ!」
二人は別々の砦へ向かう。
私は…。