03話 – 嵐の前(2)

食事を終え、一息つきながら明日のことを考える。

ホワイトランへの道順は教えてもらったけど…私一人で本当に大丈夫だろうか。ハドバルは私に命の恩人だと言ってくれたけど、本当はそんなことない。正直彼がいなければあの洞窟を自力で脱出するのは不可能だった。剣は重くて持つのが精一杯だったし、魔法も忘れてしまったのか扱えるのは炎と回復魔法くらい。
記憶を無くす前は一体何をして生き延びていたのだろうか、不思議でならないほど自分の非力さを痛感する。

(無事にたどり着ければ良いけど…。ここからホワイトランまで半日程度で着くそうだし、何とかなるかしら)

そんなことを考えていると、席を外していたハドバルが戻ってきた。

「おい、ちょっと来てくれ。会わせたいやつがいるんだ」
「?」

 

連れられていくと、そこには鎧を身に着けた背の高い男性が立っていた。

「紹介しよう。こいつはロード、俺と同じく帝国軍の人間だ。だが安心しろ、お前の事情は既に話してある。俺の同期で話の分かるやつだ」

「えっと…メルヴィナです。初めまして」
「はじめまして」
お互いに軽く会釈を交わす。
「ロード、お前がリバーウッドまで巡回に来てるとはな。だが丁度良かったよ。メルヴィナ、明日はホワイトランまでこいつが一緒に行ってくれる」
「え?」

「ハドバルの話じゃ、君は記憶を失って武器はおろか魔法も満足に扱えないそうじゃないか。ホワイトランまで半日ほどと言っても、一人じゃ危険だろう?」
「ええ…その通りです。でも、いいのですか?」
「ん? ああ、巡回なら明日の朝ホワイトランへ発つ予定だったんだ。気にすることはないさ。それに、一大事らしいからな」

巡り会わせとはこのことか。思いがけないところから助け舟が出された。

「そうして頂けると本当に助かります。正直…一人では心細かったので…」
そう言うとハドバルが笑った。
「ハハハ。まあ、そうだろうと思ったよ。ロード、彼女を頼むぞ。無事にドラゴンズリーチに送ってくれ。報告も頼む」
「分かった、任せてくれ」

 

次の日、私達はまだ日の出前の薄暗い時刻にリバーウッドを出発することとなった。

「それじゃあ、道中よろしく。戦闘は遠慮なく任せてくれ」
「ええ、ありがとうございます。頼りにしてます」

しんと静まり返った早朝の空気を吸いながら、二人でホワイトランへの道を歩く。

「記憶喪失ってのは…どんな感じなんだ?」
「ええと…私の場合、自分のことだけを全く思い出せないのです。こうして会話できるだけの知識…みたいなものはあるんですが」
「自分自身に限定された記憶がないのか…。名前だけは憶えていたってこと?」
「そう、ですね。なぜか名前だけは」
「そうか。ハドバルに聞いたけど、ヘルゲンでは大変な思いをしたそうだね。どうして捕まったのかも分からずに処刑されそうになったとか…助かって良かった。記憶も少しずつ思い出していけると良いな。家族や友人達もどこかで心配しているだろう」

そんな話をしていると前方から狼の群れが襲い掛かってきた。
ロードは狼二頭を軽く仕留めたあと、こちらを振り向いた。

「一頭は逃げたか。…怪我はないか?」
「えっ? いえ、なんともないです。ありがとうございます」
二頭を一手に引き受け、その両手剣でほぼ一振りで同時に仕留めたのだからあっという間だった。
「な。こういうことが起こるから、やっぱり一人は危険だろう?」
「そうですね。本当に…」
横たわる狼を見ながら、これが複数で襲い掛かってきたら私一人ではどうなっていたことか…。
想像して身震いした。

太陽も昇り、明るくなった頃森を抜けた。
木々の間から向こうに町並みが見える。
「ロード。あそこに見えるのがホワイトランですか?」
「そうだよ。ここスカイリムの中心に位置する要衝だ」

 

開けた平野に広がる街並み。ここまで来ると狼も出ないとロードは言う。
昼時に差し掛かったこともあり、街道沿いに建てられた休憩所で腰を下ろした。

「今、スカイリムで内戦が起きていることはハドバルから聞いただろう? ホワイトランは中立を保っている拠点だ。まあ、帝国軍の俺が普通に出入りできるから、どちらかというと帝国寄りではあるかな。各地の拠点の中でも比較的安全で、街の雰囲気も良い。料理も美味い。住むには快適な街だぞ」
「ロードはあの街に住んでいるのですか?」
「いや。俺は帝国軍兵士だからな。基本的にはソリチュードにいる」
「そうなのですか」
突然ホワイトランの環境について説明を始めた意図が掴めず、不思議そうにロードを見つめた。
視線に気付いた彼はハッとしたあと軽く苦笑した。
「あ、ごめん。ホワイトランへの報告が終わった後はどうするのか気になって、さ」
「え?」

「記憶、無いんだろ? 闇雲にあちこち歩き回って、また争いに巻き込まれることはないさ。記憶を取り戻すまで、しばらくあの街で暮らす手もあるんじゃないかと思ったんだ」

「……そう、ですね。あの、ありがとうございます。私、その先のことはあまり考えていませんでした。とにかく伝言を伝えなければと」
「はは。ハドバルから聞いていたけど、君は本当に随分暢気というか…」
ロードは気が抜けたような顔で静かに笑った。

 

その後は何事もなく、夕方にはホワイトランへ到着した。
街の門へ近づいたところを衛兵に呼び止められる。

「止まれ! 街はドラゴンの接近により閉鎖中だ。帝国軍のお前はともかく、そっちの女は何の用だ」
「そのことで来た。彼女は首長へリバーウッドからの伝言を預かっている。通して欲しい」

「なんだと、リバーウッドも危ないのか? それは入ってもらった方がいいな。首長は丘の上、ドラゴンズリーチにいらっしゃる」
「ありがとうございます」
ロードも居たおかげかすんなりと通してもらえた。

 

街の中は、夕暮れ時にも関わらず通りを多くの人が歩いている。
リバーウッドと比べても賑やかで、ここがスカイリムの要衝とされていることにも納得した。

「雲地区」と呼ばれる、ホワイトランで一番高い場所に位置するドラゴンズリーチへやってきた。

中へ入り、首長の前まで来たところへ護衛と思しきダークエルフの女性が遮った。

「止まって。バルグルーフ首長は訪問者には会わないわよ」
「あの…ヘルゲンから、ドラゴンの攻撃について報告したいことがあるのですが」
「まあ、だから衛兵が中へ入れたのね。それならいらっしゃい。首長が話したいそうよ」

首長の目の前に行き、礼をする。
「堅苦しい挨拶は抜きだ。で、お前はヘルゲンにいたのか? ドラゴンを自分の目で見たのか?」
「はい。帝国はウルフリックを処刑しようとしていたところでした。そこへドラゴンが現れ攻撃してきたのです」
私はヘルゲンでの一部始終を首長に説明した。

「やはり、この件にはウルフリックが首を突っ込んでたか。考えれば分かることだな」
「このままではリバーウッドも危険です。町は首長に救援を求めていると、伝言を伝えに参りました」
首長は頷き、側近の女性を見た。
「そうか、分かった。イリレス」
「はい、首長。直ちにリバーウッドへ兵を送りましょう」
「頼んだぞ」

「ありがとうございます!」
一礼してその場を去ろうとしたところを首長に呼び止められた。
「おい、待て待て。わざわざここまで伝えに来てくれたんだ。この功績は大きいぞ。ほら、感謝の印だと思って受け取ってくれ」
丈夫そうな鋼の鎧を手渡された。が…。
「ありがとうございます。ですが、私は何も。あそこにいる彼の助けがあったからこそ無事にここまで来られたので。それに、私にはこのような立派な鎧を着こなす体力がありません…この鎧は彼に」
そう言って少し離れた場所に立つロードを見た。
「おお、そうだったのか。君、ご苦労だった。これを受け取ってくれ」
首長はロードを呼ぶと鋼の鎧を手渡した。
「ありがたく頂戴いたします、閣下」

首長は少し考えたあと、思い出したように席を立った。
「もうひとつお願いしたい。おそらく、ドラゴンを見て生き延びたお前のような強運の持ち主にふさわしい仕事だと思う」
「?」
「王宮魔術師のファレンガーに会いに行こう。ドラゴンに関連したことやドラゴンの噂について、ずっと調べてもらっていたんだ」
そのままファレンガーの元へ通された。

「首長はお前が役に立つと考えたと? それならドラゴン研究の事を言っているのだろう。そうだな…取ってきて欲しいものがある。とはいっても、危険な廃墟を探索してもらうことになる。そこで、古代の石版を見つけ出してもらいたい」
「その石版がドラゴンに関係するということですか?」
「そうだ。自分はドラゴンの情報の探索を始めた…その大昔、どこに消え去ったのか? またどこから来たのか。前に、ブリーク・フォール墓地にあるという事実を知った。ドラゴンの埋葬地の地図が書かれてあるという”ドラゴンストーン”だ。そこに行き、その石版を見つけてきてくれ。間違いなく中央の間にあるはずだ。簡単だろう?」
「……」
ブリーク・フォール墓地。ハドバルからその話を聞いたことを思い出した。
ドラウグルが大勢居る、危険な場所だと。そこへ自分が行くなど、無謀極まりないのでは。
「私は…」
「お言葉ですが」
言いかけたところを遮ったのはロードだった。

「ブリーク・フォール墓地は古代ノルドの墓。ドラウグルが大勢出るとの噂もあります。いくらなんでもそこへ彼女を赴かせるのは危険だと思うのですが」

「なにも彼女一人で力試しに行けとは言っていないが? 一人で不安なら傭兵でも雇えばいい。方法ならいくらでもある。私は職務で忙しいのでな、急な要求だが頼んだぞ」
「……」
二人顔を見合わせて王宮を出た。

私一人では墓地の探索は無理だろう。かといって傭兵を雇えるお金も持ち合わせていない。早急に手に入れてくるように、と首長にも念を押されてしまった。さあ、どうしようか…。

今後のことを考えながら、広場の枯れた大木の下で立ち止まってしまった。
振り向いたロードが声をかけた。

「まったく、無茶を言うよな…。君もお人よしだな、断る事だって出来たのに」
「仕方ないです、あれほど強く頼まれてしまっては断れません。けど、困りましたね」
顔を上げて力なく笑う。
「暢気な君でもさすがにあの墓地は危険だと分かるか。それで、どうするか考えはあるのか?」
「そうですね…。ひとまずもう一度リバーウッドに戻って、墓地の様子を見て、それからどうするか考えようかと…。一人で行けそうな所なら良いのですが」

「一人で何とかなると思ってるのか?」
私の言葉にロードは驚いた顔を見せた。
「……無理ですよね、やっぱり」
「どう考えたってそうだろ。本当に君は…楽観的過ぎるぞ」
呆れた表情でため息をつかれてしまった。

「はぁ…ここで見捨てるわけにもいかない、か…」
ロードはそう呟くとまっすぐにこちらを向いた。
「メルヴィナ。君一人では心もとない。良ければ、俺も一緒に行こう」

「え…でも、仕事があるのではないですか?」
「構わない。重要な任務の手助けをするのも立派な仕事のうちだろう?」
「あなたも危険な目に合うかもしれませんし、何度も助けていただくのは…」
突然差し伸べられた救いの手に躊躇していると、ロードは笑った。

「強がるなよ。困ったときは頼ればいいんだ。まあ、腕には割と自信がある。任せてくれ」
そう言って見せたその笑顔に、私はどれだけ安堵したか分からない。

「ロード、あなたもお人よしですね…。けれど、本当に…ありがとうございます」

 

今晩はホワイトランの宿に泊まり、明日の朝リバーウッドへ向かうことに決めた。


 02話 – 嵐の前(1)

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