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35話 – アルドゥインの壁(1)

  • 2016.06.03
  • 更新日:2018.10.08
  • RP日記

 


翌朝。装備を整え、出発の準備をしていると男性に声を掛けられた。
「あんた、メルヴィナさん?」
「え? ええ」
頷いたあとに、リフテンのこともあり誤魔化した方がよかったのかとハッとする。
「やっと見つけた。手紙を預かってるんだ。はい、これ。確かに渡したよ」
その男性は手紙の配達人のようだ。私に手紙を渡すと、さっさと次の宛先に向かって歩いていった。
「…よく、私のことが分かりましたね、あの人…」
不思議に思いながらロードと目を合わせる。
「一所にじっとしていない相手に直接手渡しで届けるというのもなかなか凄いことだよな。なにか、特殊な魔法でも使っているのだろうか…。手紙は誰から?」
差出人はファルクリースのシドゲイル首長だった。
「メル、何と書いてあるのだ?」
隣でルーシスが覗き込む。
「ええと…。ホワイトランの従士だけでは物足りないだろう、ファルクリースの従士の地位に興味があるなら是非とも会いに来てくれ…。そう書いてあるわ」
「ほう、お前の名声がファルクリースの首長にまで伝わっているのか。凄いじゃないか」
「従士には興味ないけれど…。ファルクリースはこれから立ち寄る町ですし、わざわざ手紙を出してくださったのだからお会いしてみるわ」
「そうだな。直接会って、それから従士になるかどうか考えるといい」


馬に乗りリバーウッドを出た。私の馬の歩調に合わせて、後ろから二人がついて来る。


「驚いたぞ。なかなか上手に乗れているじゃないか、メル。ロード、お前の教え方が上手いのだろうな」
「彼女の飲み込みが早かったんで教えるのも楽だったよ」


途中山賊と遭遇したりもしたが、特に問題もなく夕暮れ時にはファルクリースに到着した。

「まだ時間はあるわね。首長に会いに行って来ます」
「そうか、では先に宿屋で部屋をとっておこう」
「俺は買出しにでも行くとするか」
二人と別れ、首長を訪ねた。


「初めまして。私はメルヴィナと申します。首長からの手紙を拝見しました」
「ああ、君がそうか。意外と若いのだな。こうして来てくれたということは、従士になりたいということかな?」
「いいえ。特にそのような考えは持っておりませんが、お話だけでも伺おうと思いまして」
「ふむ。では単刀直入に話そう。君が噂どおりの人物かどうか確かめたい」


「…この地には山賊がいる。私は彼らと…何度か秘密の取引をしていたんだがね。当初は私の取り分も悪くなかったが、そろそろ清算したくなったのだよ。君が片付けてくれないか」
「…汚れ仕事を山賊に押し付けて、用済みとなれば処分ですか」
「ははは、手厳しいな。だがそれで町の運営がスムーズに運ぶのだ、利用できるものは何だって利用する。綺麗事だけでは首長は務まらない。君も試してみろ、分かるはずだ。それで、返事は?」
「…山賊は嫌いです。放っておいてこの町の人々が襲われないとも限りません。何とかしましょう」
「よし、いい答えだ。山賊の拠点は、ここから北西のハーフムーン工場近くの枝道を西に入った先にある。いいか、全員始末しろ。一人残らずだ」
「分かりました。お任せ下さい」

二人にどう説明しようか。戦いはいつも彼ら任せで自分は大した役にも立たないのに、山賊討伐を思わず引き受けてしまった。
考えながら首長官邸を出て宿屋へ歩いていると、前方にロードの姿が見えた。


走り寄って声を掛けようとして立ち止まった。黒い服に身を包み、手には花束。普段とは違う雰囲気に心がざわめく。
いけないことと思いながら、こっそりと彼の後を追った。

町の奥には墓地があった。草木が生え、あまり手入れも行き届いていないような場所に墓石が並んでいる。
ロードはその中のひとつの前に立ち止まり、屈んで花束を添えた。


彼はじっと屈んだまましばらくその場を動かない。
直感的に、亡くした恋人の墓なのだろうと感じた。
どんな言葉をかけているのだろう。どんな思いを彼女に伝えているのだろう。
胸が詰まってこれ以上彼の姿を見ていられなかった。
そっと立ち去ろうとしたとき、その人は現れた。


彼女は慈しむようにロードの髪に触れ、頬に触れる。「気付いて」と言わんばかりに…。
彼には見えていないのだろう。私は無意識のうちに、彼…いや、彼女に近づいていた。


私に気付いた彼女がこちらを見る。表情は読み取れなかったが、少し驚いているようにも見えた。
「あの…」
うっかり彼女に声を掛けてしまう。

「…メルヴィナ?」


私に気付いたロードが振り向き立ち上がった。
「あ…ごめんなさい。あなたの姿が見えて、それで…」
「ずっと見ていたのか? …人が悪いな」
「声を掛けづらくて…ごめんなさい」
ロードは静かに首を振り、墓石に視線を落とした。
「…ここ、彼女の墓なんだ。もうすぐ命日だからな…。ちょうどファルクリースに来られて良かったよ」
「そうでしたか…。あの…見えませんか?」
「何が?」
訝しげな眼差しで見つめるロードに、しどろもどろになりながら答える。
「あの…彼女の…姿が…私には見えているのです…」


「…え?」
私の目線を追ってロードが振り向こうとしたときには、彼女の姿は消えていた。
「あ…消えてしまいました」
「…君には彼女の姿が見えたんだな」
「疑わないのですか?」
「どうして? 前に君は死者の安息所で吟遊詩人の霊を見ていただろう、信じるよ。…彼女、何か言ったか?」
「いいえ。声は聞こえませんでしたが…。彼女はあなたの髪や頬に触れていました。気付いて欲しかったのかもしれません…」
「そうか…。もしかしたら、毎年ここで俺の前に現れていたのかもな。気付かなかった」
「ロード。私も、彼女に祈りを捧げても良いでしょうか…?」
「ありがとう…是非」


彼の前に現れるのには、理由があるのかもしれない。何か彼に伝えたいことが…。
彼女の安らかな眠りを願いながら考えた。

その日の夜…。


(メルヴィナさん…)
頭に響く声で目を覚ます。
「…ん…」
顔を起こして見上げると、ベッドのすぐ側に彼女が立っていた。
(突然ごめんなさい…。あなたに…お願いがあるの…。彼に…ロードライトに伝えて…)
「あなたは…」


(私はロベリア…。お願い…あなたにしか頼めないから…。私は何度も彼に呼びかけた…けれど彼には私の姿が見えない…。だから…あなたから伝えて欲しいの…)
「…心残りがあるのなら話してください。私で良ければ…彼に伝えましょう」
(ありがとう…。ロードライトは…私が死んだのは自分のせいだと…ずっと罪悪感を抱いている…自分を責めている…。私は…そんな彼を見たくない…私の生きられなかった分も…彼には幸せになって欲しいの…。私の事は忘れて欲しいの…)
「彼は…あなたのことを忘れることなんて出来ないと思います」
(そんな彼の思いが私をこの世に縛り付けているのにね…。そして、私も…彼を過去に縛り付けてしまっている…。このままだと、ロードライトは…私に遠慮して、自分が幸せになることを拒み続けてしまう…)
「あなたのことをとても大切に想っているのです…そうなってしまうのは無理もない気がします…。もちろん、私も、彼には自分が幸せになることに前向きになって欲しいですけど…」
少し遠慮がちに自分の気持ちを述べると、ロベリアは微笑んだ。
(優しいのね…私に気を遣うことなんてないのよ。あなた、ロードライトが好きなのでしょう?)
「え…っ」
心を読まれてしまったのかと目を見開くと、ロベリアは更に優しく笑った。
(やっぱり。そんなあなただから…神が私たちを引き合わせてくれたのかも知れないわね…。彼は…強がっているけど…本当は繊細で心の弱い人なの…。もしも…あなたがロードライトのことを支えてくれるのなら…私はようやく…安らかに眠ることが出来るわ…)
「わ、私では…彼を支えることなんて…」
(今のロードライトを支えられるのは…死者の私ではない。それに、彼は…あなたのことを必要としている…。彼ね…お墓の前で私に謝ったわ…『守りたい人が出来た』って…あなたのことでしょう? …フフ、謝らなくてもいいのにね…)
「彼は私がドラゴンボーンだから私を守ってくれるだけで…。彼を必要としているのは私のほうです」
(…? …ドラゴンボーンが何なのかは知らないけれど…彼があなたを守りたい気持ちは…それとは関係ないはずよ)
「……」
(ああ…いけない…話しすぎたかしら…。これ以上は彼の口から聞かせてもらいなさい…。私は…彼が幸せに生きてくれるのならそれでいいの…)
「ロベリアさん…」
(彼には…さようなら、と…。私はあなたの事を恨んでなどいない…罪悪感を抱くのはやめて、幸せに生きてくださいと…伝えてください…。きっと…もう彼の前に現れることもないでしょう…。私の姿を見ることの出来るあなたに会えて…本当に良かったわ…。メルヴィナさん…わたしにかわって…ロードライトのそばに…いてあげて…ね…)
「あ…」
ロベリアは最後に微笑み、消え入った。

彼女の声は柔らかく穏やかで、生前は素敵な女性だったに違いない。
死しても彼を気遣っている彼女、その彼女を失ってもずっと思い続けている彼。
二人はきっと強く結ばれていたのだろう。

もしも彼女が生きていたら…。

そんな考えが頭の中をぐるぐると巡る。ベッドに横になり、眠ろうとしてもなかなか寝付けなくて、酒場で蜂蜜酒を少しだけ飲むことにした。
(お酒を一口でも飲めば眠れるかしら…)
一口、また一口と少しずつ飲みながら、ロードに彼女の言葉をどうやって伝えようかと考える。
(彼女が一番伝えたかったのは…彼が自分を責めずに幸せに生きて欲しいということよね…。ロベリアさんも…復讐心に囚われたロードを見るのは辛かったのでしょう…)


「どうしたメル。こんな夜更けに一人で」
いつの間にか背後にルーシスが立っていた。
「ルーシスこそ。鎧を着たままでどうしたの?」
「早く目が覚めてな。二度寝するつもりもないからもう着替えたのだ。お前は?」
「少し眠れなくて…。お酒を飲めば眠れそうだったから」
「では私も付き合おう。…眠れない理由があるのだろう?」
「…さすがね」
「伊達にお前とずっと一緒に暮らしていないからな。話してみろ」
そう言って私の隣に座り、グラスに蜂蜜酒を注いだ。
ルーシスに、ロベリアが私の前に現れたことを話した。


「――ロードに、どう伝えようか考えていて…。彼女はきっと、出来ればロードに直接伝えたかったに違いない。ロードだって、私より彼女から聞きたかったと思う筈よ…」
「だがお前がいなければ、彼女は未練を抱えたままずっと彷徨うことになっていただろう。お前が二人の橋渡しとなるのだ。それにあいつがその程度のことでお前を責めるとは思えないが?」
「…分かっている。けれど、彼女の別れの言葉を彼に伝えるのは…気が重くて。私が軽々しく口に出してはいけないような気がして」
「彼女がそれを望んだのだろう? お前はその通りにロードに伝えてやればいいだけだ。それをあいつがどのように受け止めるかは、お前が決められることではないのだからな」
「そうね…。伝えるわ、二人のためにも…」
「…そうだな」

ルーシスはグラスに蜂蜜酒を注ぎ足しながら問いかけた。
「…メル。お前は、あいつが何故自分の側にいるのか考えたことはあるか?」
「え…?」
「私はお前の家族だからな、側で守るのは当然だ。だがあいつは違うだろう? お前と繋がりもないのに、どうして側で守ってくれると思う?」
「それは、私がドラゴンボーンだから…」
「本当にそれだけが理由なら、ドラゴンボーンの噂を聞いたそこいらの衛兵もお前を守りたいと言って押し寄せてくるだろうな」
「けれど…彼はドラゴンボーンの私を守ると誓ってくれた。それ以外の理由なんて…」
私がそう言うとルーシスはグラスを持つ手を止めた。
「…誓った?」
「え? ええ…ソリチュードで…」
「…そうか、誓ったのか…」
まるで小さな子をあやすようにニコリと微笑んで私の頭を撫でる。
「…なに? 突然…」
「メル、良かったな。あの男は酔狂でそんな誓いを立てるような人間ではない、信用してもいい。誓ったからにはお前を本気で守ってくれるだろう。お前がドラゴンボーンかどうかは関係なく…な」
「どういう意味…」
「それは自分で考えてみろ。なんだ…私が思ったよりは案外前向きなのかもな…無意識なのかもしれんが」
ルーシスはぼそぼそと独り言を言いながら、にこやかにグラスを空けると宿の外へ出て行ってしまった。
残された私は、ルーシスの残した言葉の意味を何度も考えながら蜂蜜酒を飲み、グラスが空になる頃には、ようやく瞼も重くなった。


 

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